、各兵の独断能力。
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 3に示す如く、統制では各隊の独断は自由主義時代より更に必要である。いかに指揮官が優秀でも、千変万化の状況は全く散兵戦術時代とは比較にならぬ結果、いちいち指揮官の指揮を待つ暇なく、また驚くべき有利な機会を捉うる可能性が高い。各兵も散兵に比しては正に数十倍の自由活動の余地があるのである。一兵まで戦術の根本義を解せねばならぬ。今日の訓練は単なる体力気力の鍛錬のみでなく、兵の正しき理解の増進が一大問題である。我らの中少尉時代には戦術は将校の独占であった。第一次欧州大戦後は下士官に戦術の教育を要求せられたが、今日は兵まで戦術を教うべきである。
 統制は各兵、各部隊に明確なる任務を与え、かつその自由活動を容易かつ可能ならしむるため無益の混乱を避けるため必要最少限の制限を与うる事である。即ち専制と自由を綜合開顕した高度の指導精神であらねばならぬ。
 近時のいわゆる統制は専制への後退ではないか。何か暴力的に画一的に命令する事が統制と心得ている人も少なくないようである。衆が迷っており、かつ事急で理解を与える余裕のない場合は躊躇なく強制的に命令せねばならない。それ以外の場合は指導者は常に衆心の向うところを察し、大勢を達観して方針を確立して大衆に明確な目標を与え、それを理解感激せしめた上に各自の任務を明確にし、その任務達成のためには広汎な自由裁断が許され、感激して自主的に活動せしめねばならない。恐れ戦き、遅疑、躊躇逡巡し、消極的となり感激を失うならば自由主義に劣る結果となる。
 社会が全体主義へ革新せらるる秋《とき》、軍隊また大いに反省すべきものがある。軍隊は反自由主義的な存在である。ために自由主義の時代は全く社会と遊離した存在となった。殊に集団生活、社会生活の経験に乏しい日本国民のため、西洋流の兵営生活は驚くべき生活変化である。即ち全く生活様式の変った慣習の裡《うち》に叩き込まれ、兵はその個性を失って軍隊の強烈な統制中の人となったのである。
 陸軍の先輩は非常にこの点に頭を悩まし、明治四十一年十二月軍隊内務書改正の折、その綱領に「服従は下級者の忠実なる義務心と崇高なる徳義心により、軍紀の必要を覚知したる観念に基づき、上官の正当なる命令、周到なる監督、およびその感化力と相俟って能《よ》くその目的を達し、衷心より出で形体に現われ、遂に弾丸雨飛
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