持ちあげて笑い出した。
母親から帰京の報知《しらせ》の葉書が来た。その葉書は、父親の手蹟《しゅせき》であるらしかった。お銀はこれまであまり故郷のことを話さなかったが、父親に対してはあまりいい感情をもっていないようであった。
「私たちも、田舎へ来いって、よくそう言ってよこしますけれど、田舎へ行けば、いずれお百姓の家へ片づかなくちゃなりませんからね。いかに困ったって、私田舎こそ厭ですよ。そのくらいなら、どこへ行ったって、自分一人くらい何をしたって食べて行きますわ。」
お銀は田舎へ流れ込んで行っている叔父の旧《もと》の情婦《いろおんな》のことを想い出しながら、どうかすると、檻《おり》へ入れられたような、ここの家から放たれて行きたいような心持もしていた。磯谷との間が破れて以来、お銀の心持は、ともすると頽《くず》れかかろうとしていた。笹村は荒《すさ》んだお銀の心持を、優しい愛情で慰めるような男ではなかった。お銀を妻とするについても、女をよい方へ導こうとか、自分の生涯《しょうがい》を慮《おも》うとかいうような心持は、大して持たなかった。
「私がここを出るにしても、あなたのことなど誰にも言やしま
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