った。お銀は用がすむと、晩方からおりおり湯島の親類の方へ遊びに行った。そして夜更けて帰ることもあった。笹村が、書斎で本など読んでいると、甥と二人で、茶の間で夏蜜柑《なつみかん》など剥《む》いていることもあった。
「真実《ほんとう》に新ちゃんはいい男ですね。」お銀は甥の留守の時笹村に話しかけた。甥は笹村の異腹《はらちがい》の姉の子であった。
「叔父甥と言っても、ちっともお話なんぞなさいませんね。見ていてもあっけないようですね。その癖新ちゃんは、私にはいろいろのことを話します。来るとき汽車のなかで綺麗な女学生が、菓子や夏蜜柑を買ってくれたなんて……。」
「そうかね。」笹村は苦笑していた。
甥に脚気の出たとき、笹村はお銀にいいつけて、小豆《あずき》などを煮させ、医者の薬も飲ませたが、脚がだんだん脹《むく》むばかりであった。
「医者が転地した方がいいと言うんですよ。大分苦しそうですよ。それで、叔父さんに旅費を貰《もら》ってくれないかって、私にそう言うんですがね。田舎へ帰してお上げなすったらどうです。」
間もなく笹村は甥を帰国の途につかせた。通りまで一緒に送って行って、鳥打の代りに麦藁《むぎ
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