へ遊びに来る大阪下りの芸者と口を利《き》くほか、一人も話し相手がなかった。
「どういうのがえいのんや。私が気に入りそうなのを見立てて上げるよって……東京ものは蓮葉《はすは》で世帯持ちが下手《へた》やと言うやないか。」笹村が湯に中《あた》って蒼《あお》い顔をして一トまず大阪の兄のところへ引き揚げて来たとき、留守の間に襟垢《えりあか》のこびりついた小袖《こそで》や、袖口の切れかかった襦袢《じゅばん》などをきちんと仕立て直しておいてくれた嫂《あによめ》はこう言って、早く世帯を持つように勧めた。
 笹村はもう道頓堀《どうとんぼり》にも飽いていた。せせっこましい大阪の町も厭《いと》わしいようで、じきに帰り支度をしようとしたが、長く離れていた東京の土を久しぶりで踏むのが楽しいようでもあり、何だか不安のようでもあった。帰路立ち寄った京都では、旧友がその愛した女と結婚して持った楽しげな家庭ぶりをも見せられた。
「我々の仲間では君一人が取り残されているばかりじゃないか。」
 友達は長煙管《ながぎせる》に煙草《たばこ》をつめながら、静かな綺麗《きれい》な二階の書斎で、温かそうな大ぶりな厚い蒲団《ふとん》の
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