なので、脂《あぶら》のにじみ出たような顔に血の色が出ていた。ランプの灯に、目がちかちかするくらい頭も興奮していた。
 お銀は笹村の蒲団の汚いことを言い出して笑った。
「初めての蒲団を敷いたとき、びっくりしましたよ。食べ物やほかのことはそんなでもないのに、一体どうしたんでしょうと思って……敷いてから何だか悪いような気がして、また押入れへしまい込んだり何かして。」
「その家はどういう家なんだ。」笹村はまた訊《き》いた。
「そこの家ですか。それがまた大変に込み入った家なんです。阿母《おっか》さんというのが、継母で、もと品川に芸者をしていたとか言うんですがね、栄というその子息《むすこ》と折合いがつかなくて、私の行った時分には、余所《よそ》へ出ておったんですがね、それをお爺さんが入れるとか入れないとか言って、始終ごたごたしていたましたっけがね。子息も面白くないもんですから、やはりお金を使ったり何かするんですね。栄はちょっとした男でしたけれどね、私初めから何だか厭で厭で、いる気はしてなかったんです。」
 逃げて来てからも、その男に附き纏《まと》われたことなどを附け加えて話した。
「それに、ずうずうしい奴《やつ》なんです。」お銀は火照《ほて》ったような顔をして、そこへ片づいた晩のことを話した。
「深山は、お前がまた磯谷と一緒になるんだろうなんて言っていた。」
「いいえ、そうは行きません。」お銀は笑いながら言った。
「その方は、もうすっかり駄目なんです。」

     八

 時々大徳寺などに立て籠《こも》っていたことのあるT―が、ぶらりと京都に立って行ってからは、深山と笹村との間の以前からのこだわりが、お銀のことなどで一層妙になって来たので、深山は余所にいた出戻りの妹などと、世帯道具を買い込んで、別に食事をすることになった。笹村よりかむしろ一歩先に作を公にしたことなどもあり、自負心の高い深山が、一《い》ッ端《ぱし》働き出そうとしている様子がありあり笹村の目に見えた。いろいろの人がそこに集まっている様子なども、笹村の神経に触れた。
 女同士のことで、深山の妹とお銀とは、裏で互いに往来《ゆきき》していた。妹が茶の室《ま》へ来て、お銀や磯谷のことでも話しているらしいこともあったし、お銀から髢《かもじ》を借りて行ったり、洋傘《かさ》を借りて行くようなこともあった。懇意ずくで新漬けを提げ出
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