して見たが、どこにも見つからなかったので、ふと母親に確かめてみる気になった。
母親は怪訝《けげん》そうに、にっこりともしないで、わが子の顔を眺めた。
「嫁さんは素人《しろうと》でないとかいう話やが、そうかいね。」
母親はふと訊《き》いた。
「戯談《じょうだん》じゃない。新《しん》がそういうことを吹聴《ふいちょう》したんでしょう。」
笹村はそれを手強く打ち消した。
母親の方からも、笹村の方からも、それきり双方の肝要な問題に触れずにしまった。笹村は時々外で泊ることすらあった。
お銀のところから、帰りを促した手紙が来ると、母親は口へ出して止めることさえ憚《はばか》った。
「……つまらんこっちゃ。」
立つ朝、いそいそと荷造りをしている笹村の側で、母親はふと言い出した。そして何か手伝おうとして、笹村に一ト声|邪慳《じゃけん》に叱り飛ばされて、そのまま手を引っ込めてしまうのであった。
四十九
この慈母の手を離れて、初めて東京へ出た当時のことなどを笹村は思い出していた。そのころは笹村も時々長い手紙も書いたし、どこかへ勤めることになったと言っては、手もとの苦しいなかから礼服なども送ってもらった。少しばかりの収入にありつくようになってからは、そのなかからいくらかずつ割《さ》いて贈ることも怠らなかった。
「これからは金もちっとはきちきち送らなけア……。」
笹村は頷《うなず》いたが、汽車が国境を離れるころには、自分の捲き込まれている複雑な東京生活が、もう頭に潮のように差しかけていた。妻や子のことも考え出された。
翌朝新橋へ着いた時分は、町はまだ静かであった。地面には夜露のしとりがまだ乾かぬくらいで、葭簾《よしず》をかけた花屋の車からは、濃い花の色が鮮かに目に映った。都会人のきりりとした顔や、どうかすると耳に入る女の声も胸が透くようであった。
腕車《くるま》から降りて行った笹村は、まだ寝衣《ねまき》を着たままの正一が、餡麺麭《あんパン》を食べながら、ひょこひょこと玄関先へ出て来るのに出逢った。子供は含羞《はにか》んだような、嬉しそうな顔を赧《あか》らめて、父親の顔を見あげた。その後から、お銀も母親も出て来た。丈の高いお銀の父親の姿も現われた。弟も茶の室《ま》にまごまごしていた。
この弟の出て来ることは、国へ立つ前から笹村も承知していた。東京で育ったこの弟
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