された。
「笹村も、私が何か欲にでも絡《から》んでこの家にいるようなことを始終言いますけれど、そのくらいなら私だってもっと行くところもありますんです。私もこの子には引かされますし、一度|失敗《しくじ》ってもいるものですから、今度またまごつくようなことでもあれば、それこそ親類に顔向けも出来ませんのでございます。」
母親も重い口で、傍から言い添えるのであった。
そんな話の順序や、お銀のその時の態度は、友人の簡短な話で想像することが出来た。笹村は冷たいようなその条理だけは拒むことは出来なかった。そして一緒になるについても不服はなかったが、女の心持がしみじみ自分の胸に通って来るとは思えなかった。打ち解けたときの女の様子や口の利き方には心を惹《ひ》かれるところがあったが、温かい感情の融け合うようなことはあまりなかった。笹村の頭の底には、そこに淡い不満も暗い優愁もあったが、今はそれを深く顧みる余裕もなかった。
花はかなりにはずんだ。頭脳《あたま》の悪い笹村は引いているうちに、時々札の見えなくなるようなことがあった。そして思いがけないところで、思いがけない手違いをやった。お銀は笹村を庇護《かば》うようにしては、花が引きづらかった。
お銀の手で、青が出来かかった時、じらしていた友人が、牡丹《ぼたん》を一枚すんなりしたその掌《てのひら》に載せて、剽軽《ひょうきん》な手容《てつき》でちらりとお銀の目前《めさき》へ突きつけて見せた。
「お気の毒さま、一人で花を引いてるんじゃありませんよ。」
「ちょッ憎らしい。」お銀はぴしゃんとその手を打った。
花札が箱のなかへしまい込まれたのは、大分遅かった。皆の顔には疲労の色が見えていた。笹村は頭がぼうッとしていた。
「どうもとんだ御心配をかけまして、有難うございました。おかまいもしませんで……お家へもどうぞよろしく……。」
しばらく話をしてから、帰って行く友人を送り出しながら、お銀は戸を締めて入って来た。髪を引詰《ひっつ》めに結ったその顔は、近ごろようやく肉があがりかけて来た。
笹村はランプを瞶《みつ》めながら、舌にいらいらする手捲き莨を喫《ふか》していたが、今日話をきめてしまったことが何となく悔いられるようにも思えて来た。花を引いていた間の女のだらけたような態度が腑《ふ》に落ちかねるような気もした。
「ああいう軽卒《かるはずみ》なこと
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