から酒に酔っていた。癇癪《かんしゃく》の強いらしいその目が、どんよりした色に濁って、調子が相変らず突拍子《とっぴょうし》であった。
庭木や、泉水の金魚などに綺麗に霜除《しもよ》けのされた、広い平庭《ひらにわ》の芝生に、暖かい日が当って、隠居の居間は、何不足もなく暮している人の住居のように、安静であった。
「お揃いでおいでになったんだ。一つどこかへうまいものでも食べに行こうじゃごわせんか。」
隠居は少しふらつくような、細長い首を振り立てて、妙な手容《てつき》をした。
どこがよかろうかという評議が始まった。
「そのうえ酒を召し食《あが》って、皆さんに迷惑かけるよりか、今日はどこぞお芝居がいいじゃございませんか。」
お芳が傍から言い出した。
「芝居もいいが、どこか顔を知らねえところへ行こう。知ったところは金がかかってしようがねえ。」隠居は捲《ま》き舌で言った。
「私はな、いくら零落《おちぶ》れても、遊び場所などへ出かけて行って、吝々《けちけち》するのは大嫌いだ。浅井さん、私は大体そういった性分だ。」
今に行き詰って来ずにはおかぬ隠居の身のうえが、浅井にもお増にも見透されるようであっ
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