後を振り顧《かえ》りながら言い出した。浅井は「ふん。」と笑ったきりであった。
「随分いい家ね。」お増は独《ひと》り語《ごと》のように言った。
「でも前を通れば、やっぱりいい心持はしないでしょう。可哀そうだとか何とか思うでしょう。」
「へへ。」と浅井は笑い声を洩《も》らした。
帰ってからも、お増はいろいろのことを浅井に訊ねた。
「それは毅然《しっかり》した女だ。人との応対も巧いし、私がいないでも、ちゃんと仕事の運びのつくように、用を弁ずるだけの伎倆《はたらき》はある。それは認めてやらないわけに行かんよ。その点は、私の細君として不足はないけれど――。」
浅井は言い出した。
「じゃ、なぜ大事にして上げないんです。」
「そうも行かんよ。女はそればかりでもいけない。むしろそんな伎倆《はたらき》のない方が、私にはいいんだ。」
そう言って浅井は笑っていた。
昼間お増は、その家の前を通って見たりなどした。ふと八百屋の店先などに立っている細君の姿を見たこともあった。細君は顔の丸い、目元や口元の愛くるしい子供を、手かけで負《おぶ》いなどしていた。お増は急いで、その前を通り過ぎた。
冬になると、浅
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