んはそこを離れて来た。
「さあどうぞ。」
「有難うございます。」
細君は手※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》で汗ばんだ額などを拭いていたが、間もなく上へあがって挨拶《あいさつ》をした。そして時々じろじろとお増の方を眺めた。
「この方は近所の方ですがね。」
お千代婆さんは、お増を蔭に庇護《かば》うようにしながら言った。
「さいでございますか。」
顔の筋肉などの硬張《こわば》ったお増は、適当の辞《ことば》も見つからずに、淋しい笑顔《えがお》を外方《そっぽ》へ向けたきりであったが、その目は細君の方へ鋭く働いていた。そして細君が何を言い出すかを注意していた。
「浅井さんも、このごろじゃ大分御景気がいいようで、何よりですわな。」
お千代婆さんはお愛想を言いながら、お茶を淹《い》れなどした。
「何ですかね。」細君は気のない笑い方をした。
「外じゃどうだか知りませんけれど、内はちっともいいことはないんですよ。それに御存じですか、このごろは子供がいるものですから、世話がやけてしようがないんでございますよ。」
細君は断《き》れ断《ぎ》れに言った。
「そうですってね。お貰《もら
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