破綻《はたん》が来はしないかという懸念が、時々お増の心を曇らせた。
「進まないものを、私だって無理にやろうというんじゃないのよ。壊すなら、今のうちですよ。」
 お増は用事の手を休めて、そこへお今を引き据えながら気を揉《も》んだ。
「はっきりしたことを言って頂戴よ。むやみなことをして、後で取返しのつかないようなことになっても困るじゃないの。」
 結婚を破ってからの、自分とお増との不愉快な感情や、お増一家に一層|澱《よど》んで来る暗い空気、自分の不安な生活などを、お今は思わないわけに行かなかった。
 お今は、唇を噛んで、目に涙をにじませていた。
「厭になっちまうね、お今ちゃんより、私の方が泣きたいくらいなものよ。」
 お増はまた起って、奥の方へ行った。浅井は明朝《あした》結納を持って行くことになっている、その世話焼きの男と、前祝いに酒を飲んでいた。結婚の調度の並んだ、明るい部屋のなかには、色っぽい空気が漂っていた。浅井はその男の講釈などを聞きながら、ぐいぐい酒を飲んでいた。
「おかしな人、お今ちゃんが泣いているのよ。」
 お増はその男の帰ったあとの、白けた座敷の火鉢の前に坐って、莨をすいな
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