てていた。
「こんなところ、いつ来たって同じね。」
お今は蓮葉《はすは》なような歩き方をして、不足そうに言った。近ごろ出来たばかりの、新しい半コートや、襟捲きに引き立つその姿が、おりおり人を振り顧《かえ》らせていた。
「どこかもっと面白いところへ連れていって頂戴よ。」
お今は体を浅井に絡《から》みつくようにして低声《こごえ》で言った。
五十七
翌朝《あした》お今が訪ねて行った時、浅井もお増もまだ二階に寝ていた。
浅井の甥の学校へ行ったあとの茶の間は、しんとしていた。そこに静子が、千代紙などを切り刻みながら、寂しげに坐っていた。昨夜《ゆうべ》すぐこの近所で別れた浅井が帰ってからの家の様子を嗅《か》ぎ出そうとでもするように、お今はいらいらしげに、そっちこっち部屋のなかを歩いていた。若い方の女中は、縁側の硝子障子に、せっせと雑巾がけをしていた。
時計が九時を打ってから、やっと二階から降りて来たお増は、明るい階下《した》の光に、目眩《まぶ》しそうな目をして、火鉢の前に坐ると、口も利かずに、ぼんやりと莨をふかしていた。
近ごろ浅井の入り浸っている情婦《おんな》の店の近所
前へ
次へ
全168ページ中156ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング