と畳んで、元の通り紙をかけてしまってから、お今の帰って行ったあとで、夫婦は、何かもの足りないように甘いいらいらしさを心に感じた。そこには萌黄《もえぎ》の布《きれ》の被《かか》った箪笥のうえに新しい鏡台などが置かれてあった。
「お前もちょっと着てごらん。」
浅井はお今の長襦袢を畳むとき、お増に言いかけた。
「私? 私にこんな派手な物は似合やしませんよ。」
体の痩せぎすな、渋い好みのお増は、着物の上へちょっと袖を片方《かたかた》通しただけでじきに止めてしまった。
「若い時分から私はそうでしたよ。」
写真に遺《のこ》っている、お増のその年ごろの生々《ういうい》しい姿が、浅井の目にも浮んで来た。勝気らしい口元のきりりと締った、下脹《しもぶく》れの顔は、今よりもずっと色が白そうで、睫毛《まつげ》の長い冴《さ》えた目にも熱情があった。写真のお増は、たっぷりした髪を銀杏返《いちょうがえ》しに結って、そのころ流行《はや》った白い帛《きれ》を顎《あご》まで巻きつけて、コートを着ていた。田舎の町で勤めていた家の子息《むすこ》の学生と、思いきった恋をしたというお増は、やっと十八か九であった。
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