なかった。
 浅井の見立てで、お今に着せて見たいと思う裾模様をおかせた紋附などが、お増と三人で三越へ行ったとき註文されたのは、それから間もない十月の末であった。お今が同意とも不同意とも、はっきり言いきらないうちに、話が自然《ひとりで》に固められて行った。
 お今はどうかすると、燥《はしゃ》いだような調子で、支度などについての自分の欲望を、浅井一人の前に言い出した。お増の立てた見積りが、反抗的な甘えたお今の気分には、一つ一つ不満足であった。
 浅井のところで、どうかすると室と落ち合う時などの、髪や着物を気にする、お今のそわそわした様子が、お増の目にも憎らしく見えて来た。お今は室が帰って行くあとから、お増に見せつけ気味らしくじきに出て行ったりなどした。
「ああなると、こっちが厭になってしまいますね。もうあなたのことなどは何とも思っていやしませんよ。」
 お増は腹立たしそうに、後で浅井に話した。
「出来るだけ、支度でもよけいに拵えてもらおうという、欲だけなんですよ。」
 年のうちに内祝言《ないしゅうげん》だけを、東京ですますことに話が決まるまでに、例の店員が、いくたびとなく浅井のところへやっ
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