てもあまり口数をきかぬお今の様子が、室の心を一層いらいらさせた。別居さしてある理由などに、疑いを抱いているらしい懊悩《もどか》しさが、黙っている室の目に現われていた。宿を出た三人は、途中その問題に触れることなしに、別れたのであった。
「お今も可哀そうですよ。」
 お今が歩き遅れているときに、お増は謎でもかけるように呟いたが、室はそれを問い返そうともしないのであった。
 座敷では、いろいろの譜が差し替えられた。
 お増の顔色を見て、浅井の側を離れて行ったお今は、衆《みんな》と一緒にそれに聴き入っていたが、甲高《かんだか》な謳《うた》の声や三味線の音に、寂しい心が一層掻き乱されるだけであった。
「運動がてらみんなでそこまで送ろう。」
 帰りかけようとするお今に、浅井は言いかけた。浴衣《ゆかた》のうえに、羽織を引っかけて、パナマを冠った浅井に続いて、お増も素足に草履《ぞうり》をつっかけて外へ出た。
 暗い町続きを三人はぶらぶらと歩いていた。空には天の川が低く流れて、夜がしっとりと更けていた。
「一人帰すのは可哀そうだ、別荘まで送ろう。」
 浅井は笑いながら、どこまでもとついて来た。三人はお今
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