の鉉《つる》の響きが燥《はしゃ》いで聞えた。
婆さんは座敷の方へ来たり、台所の方へ来たりしながら喚《わめ》いていると見えて、その声が遠くなったり、近くなったりした。爺さんも合間合間に何か言っていた。爺さんと婆さんとが夜中などに喧嘩していることは、これまでにもたびたびあった。その意味はお増にも解った。蒼《あお》い顔をしている、しんねりむっつりした爺さんのところでは、よく神さんが逃げて行った。
「あの爺さんは吝《けち》だから、誰もいつきはしませんよ。」
お千代婆さんはそう言っていたが、そればかりではないらしかった。
「いいえ、あの爺さんは、きっと夜がうるさいんですよ。」
お増はお千代婆さんに話したが、お千代婆さんは妙な顔をしているきりであった。
よく眠れなかったお増は、頭脳《あたま》がどろんと澱《よど》んだように重かった。そして床のなかで、莨《たばこ》をふかしていると、隣の時計が六時を打った。お増は、朝寝をするたびに、お千代婆さんに厭味を言われたりなどすると、自分で、このごろめっきり、まめであった昔の少《わか》い時分の気分に返ることが出来てきたので、これまでのような自堕落《じだらく
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