が、お増の目に惨《みじ》めに見えた。張合いのなさそうな、懈《だる》いその生活がそぞろに憫《あわ》れまれもした。
「私まだあすこにいた時の方が、いくらか気に引っ立ちがあったよ。出てしまって、かえってつまらなくなってしまいましたよ。」
「でも青柳さんが、そんなことしていれば、やっぱりいい気持はしないでしょうね。」
「何でもありゃしませんよ。」
 お雪は剥くものを剥いてしまうと、それを目笊《めざる》に入れて、水口にいる女中の方へ渡した。そして柱に背《せなか》を凭《もた》せて、そこにしゃがんでいた。
「ちょいと、あなたとこのこれはどうして?」
 お雪は小指を出して見せて、「もう片着いて?」
「うん、まだ駄目なの。」
 お増は眉を顰《ひそ》めた。
「月が変ったら、|お柳《あのひと》の兄さんが田舎からその談《はなし》に出て来ることになってはいるんですけれどね。」
「家の青柳も、堅気になって、何かこんなようなことでも出来ないものかしら。」
 お雪は独り語《ごと》のように言っていた。

     二十五

「お増さん、今日は私ちょっと家へ行って見て来ますわ。」
 お増と差し向いの無駄話や花などに、うかうかした四日や五日はじきに過ぎてしまったある日の晩方、お雪はふと憶い出したように、毎日火鉢の傍に放下《ほったらか》してあった煙管《きせる》を袋に収めて出て行った。
「あなたはほんとうに仕合せだよ。」
 お雪は箪笥から出してみせる、お増の新調の着物などを眺めながら、そう言ってうらやましがっていたが、ここに居昵《いなじ》むにつれて、近ごろめっきりお増の生活の豊かになったことが、適切に解って来た。
 その日は午後にまわって来た髪結に、二人一緒に髪を結わしなどしたが、お雪は鏡に向って見る自分の、以前はお増などより髪の多かった頭顱《あたま》の地がめっきりすけて来たことが、心細かった。鏡台を据えた縁側の障子からは、薄い日影がさして、濁った顔の色が、黄色く鏡に映っていた。
「こら、こんなに禿《はげ》が大きくなったよ。」
 お雪は下梳《したす》きが、癖直しをしているとき、真中のすけた地を、指頭《ゆびさき》で撫でまわしながら、面白そうに笑った。
「もう十年も経《た》ったら、このへんはまるで毛がなくなってしまうよ。」
 お増は結立ての頭を据えて、側に莨をふかしながら見ていた。十六、七時分から、妾にやられた
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