ごらんなさい、たまったもんじゃありゃしないわ。そこが青柳の附け目なのさ。」
「そのお嬢さん見たの。」
「いいえ。」

     二十四

「だけど私もう一度あんな気になって見たいと思うよ。若い時分には、大なり小なり皆なそんなようなことがあったじゃないの。」
 お雪は青柳が受け取ったという手紙の、心をこめた美しい文句やら、指環だの髪の道具だのの、青柳の手に渡った持物などから顔も様子もほぼ想像のできるような、その令嬢の淡々《あわあわ》しい心持を思い出していた。令嬢はちょっとした実業家の娘であったが、まだ年の若い派手ずきなその継母が堅気の女でないことだけは解っていた。
「ほら、二人で楽屋へ入って行ったことがあるじゃないかね。」
 お雪は田舎の町で、お増などと一緒に通っていた、常磐津《ときわず》の師匠のところへ遊びに来る、土地の役者の舞台姿などに胸を唆《そそ》られて、その役者から貰った簪《かんざし》を挿《さ》して、嬉しがっていたことや、手を引き合いながら、暗い舞台裏を通って、こわごわその部屋へ遊びに行ったことなどを、よく覚えていた。朝顔日記の川場の深雪《みゆき》などをしていた役者の面影が、中でも一番印象が深かった。
「……何でも三人で行った時だったよ。何が悲しかったのか、三人とも舞台も見ないで、おいおい泣いていたじゃないの。泣かなくちゃ悪いとでも思ったものだろうよ。」
 お雪はお増の手を打《ぶ》って、目に涙のにじむほど笑った。
「莫迦《ばか》だね。」
 お増も苦笑した。「あの時分はまだ真《ほん》の子供だもの。やっと十四か五だよ。」
「でも色気はあったんだわねえ。」
 紫の袴《はかま》をはいたお今が、「ただいま。」と言って帰って来たとき、お増は台所で瓦斯《ガス》の火で、晩の食べ物を煮ていたが、その傍に、お雪も何かの皮を剥《む》きながら、無駄話に耽《ふけ》っていた。
「だんだんよくなるよ、あの娘《こ》は――。」
 お雪は自分の部屋へ入って行くお今の後姿を見送りながら、呟いた。
「あんな娘《こ》を傍におくと、険難《けんのん》だよ。」
「ううん、まさか。」
「初めて見た時から見ると、まるで変ったよ。――あんな時分が一番いいわね。何の気苦労もなさそうで。私なんか、長いあいだ何をして来たんだろうと、そう思うよ。――こうしてこんなことして終いに死んじまうんだわね。」
 そう言うお雪の横顔
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