が、じりじりと照っていた。
 退屈な日が、幾日も幾日も続いた。じっと部屋に坐っていると、お今は時々|澱《おど》んだ頭脳《あたま》が狂いそうに感ぜられた。

     五十二

「あなたに相談しようかとも思いましたけれど、それでは話が面倒ですから、私お留守のまにお今ちゃんを出してしまいましたよ。」
 旅から帰って来たばかりで、何事も気づかずにいる浅井に、お増はあらたまった調子で言い出した。
 浅井は癒《なお》るとも癒らぬとも片着かぬ叔父の田舎から貰って来た土産などを、やっと鞄から取り出しているところであった。むかし若い時分に、その妻が、自分の実の妹と良人《おっと》とのなかを知って、腹立たしさと恥かしさとに喉《のど》を切って死んだなぞという惨劇のあった、叔父の家のことを、お増もいつか浅井から聞かされて知っていた。
「それはそうなりますよ。」
 姉から、何を言われても、義兄《あに》と切れることの出来なかった妹や、倉へ入って、白小袖を着て、剃刀《かみそり》で自殺したという姉のことを、浅井から聞いたとき、お増はそれを浄瑠璃《じょうるり》か何ぞにあるような、遠い田舎の昔風な物語とのみ聞き流していたのであった。
「お前がその姉だったらどうする。」
 浅井は笑談を言っていた。
「私なら死んだりなぞしやしませんわ。逐《お》い出してしまいますよ。」
 お増はそういって笑っていた。
 長いあいだ憶い出しもせずにいたその出来事が、生々《なまなま》しくお増の心に浮んで来た。村で葡萄《ぶどう》を栽培したり、葡萄酒の醸造に腐心したりしていたという、その叔父の様子なども目に見えるようであった。自殺した連合いは、どんな女だったろうと想像されたり、叔父と甥《おい》との体に、同じ血が流れているらしく思われたりした。
 お今の姿の匿《かく》されたことに心着いた浅井は、その当座深く問い窮《つ》めもしなかったが、お今の身のうえを、お増の考えで取り決められたことが不安であった。
「出したのなら出したでもいい。どこへやったか、それを聞こうじゃないか。」
 浅井は酒気のある時なぞに、憶い出したようにお増を詰《なじ》った。
「私に隠して、仕事をしようというのなら、私も嚮後《こうご》一切お今のことについては、相談を受けんということにしよう。」
 浅井は真面目《むき》になってそうも言った。
「いくらお前が隠したって、捜そ
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