クを見るやうな物凄いT―の顔が、緩漫に左右に動いてゐた。
 暫くしてから、私達はそこを出て、旧の部屋へ還つた。
「少し手遅れだつたね。」私は言つた。
「さうだな。去年旅行先きで、怪我をして、肋骨を折つたといふ。」
 細君が又庭づたひにやつて来た。
「大変苦しさうで、見てゐられませんの。何とか出来ないものでせうか。」
 私達は医者の顔色を窺ふより外なかつた。
「さあ、どうも……。」ドクトルも当惑した。
「先刻注射したばかりですからね。他の人が来るまで附いてゐて下さい。大丈夫ですから。」
 ドクトルはやがて帰つて来た。
「それぢや、僕はちよつと渡瀬さんとこへ行つて、先生にもちよつと相談してみよう。」毛利氏はさう言つて起ちがけに、ポケツトへ手を突込んで、幾枚かの紙幣を掴みだした。
「百円ありますが、差当りこれだけお預けしておきます。先立つものは金ですから、何うぞ適宜に。」
「ぢや、それ此の人に渡しておかう。」私はそこにゐる細君の方を見た。
「いや、あんた預つて下さい。」
「孰でも同じだが、預つておいても可い。しかし貴方差当り必要だつたら……。」
「え少し戴いておきますわ。」
 二十円ばかり細
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