君の手に渡した。
「ぢや、僕は又後に来ます。」
毛利氏はさう言つて出て行つた。
私はづつとの昔し、彼が帝大を出たてくらゐの時代に、電車のなかなどで、口を利いたことがあつたが、渡瀬ドクトルと親密の関係にある毛利氏の人柄に、この頃漸と触れることができた。K―は今は文学以外の、実際自分の仕事にたづさはつてゐる、それらの人達を、幾人となく其の周囲にもつてゐたが、この場合、私をも解つてくれさうな彼の来てくれたことは悉皆私の肩を軽くした。
その間に、私は義弟を走らせて、浦上ドクトルが指定してくれた医者の一人、島薗内科のF―学士を迎ひにやつたが、折あしく学士は不在であつた。
「……それから自宅へ行つてみたんですが、矢張り居ませんでした。」
「そいつあ困つたな。」
「けど、帰られたら、すぐお出で下さるやうに、頼んでおきましたから。」沢は言ふのであつた。
一時間ほどして毛利氏も帰つて来た。しかし待たれる医者は来なかつた。
「どれ、僕行つてこよう。若しかしたら、他の先生を頼んでみよう。」
毛利氏はまた出て行つたが、予備に紹介状をもらつておいた他の一人にも、可憎《あいにく》差閊へがあつた。彼は空し
前へ
次へ
全28ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング