、夜は芝居を見たりして遊んでゐるうちに、京都と大阪へ旅をしてゐた二番目の娘が帰つて来て、私は芝居小屋の傍よりも、環境の静かな其の人の家へ行くことになつた。さて芝居はちんこ芝居といつて、役者は皆な年の少い女なのだが、大分、熊本辺から来たものであらう。その少女俳優のファンが多勢、遠くから興行先きへついて来てゐるといふ騒ぎで、私は退屈凌ぎに宿がかはつてからも替り狂言が出ると、一幕二幕覗いてみたものだが、それが引きあげると、今度は男優の一座がやつて来た。この男優達は皆な近村の若い農夫で、閑を利用して芝居を打つてまはるのである。
私が移つた家の女主人は、絹さんとかいつて、嫻やかな品の好い年増であつたが、主人といふのは唐津か大分の銀行家で、鐘紡などにも関係してゐるらしかつた。お絹さんは其の第二号なのだが、後に森川町の私の家を訪問したこともある。大阪の人達は、私の家へ来ると狭いのに喫驚したものらしいが、お絹さんも子供が多勢で、家が小さいのに驚いたに違ひなかつた。
私の部屋は、菖蒲などの植はつた水に架つた土橋を渡つて、庭の奥の方に建られた茶室めいた小間だつたが、庭の飛石のあたりには、既に芍薬の莟が
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