人はスキイヤアのために造られた小屋の一つへ入つて、形ばかりの炉辺に腰掛をもち寄つて、落葉松の枯枝や板屑などを拾ひ集めて、火を焚きはじめた。小屋には牀もない。土のうへに藁を敷詰めて、上に蓙《ござ》をしいたゞけである。どこもかしこもじめじめしたもので、こゝにスキイヤアが、多勢泊ることもあるらしいが、無論都会人向きではない。私達は湯をわかして、ゆつくり弁当をつかつた。長尾氏から狐や兎や貉《むじな》の話を聞きながら、たばこをふかしたり、林檎を噛つたりしてゐるうちに、銀鼠色の烟雨《えんう》が、つい入口に近い叢のなかに佗しく咲いた深山竜胆《みやまりんどう》や、多少薄べつたく変形した薄色の薊《あざみ》の花などを掠めて、這ひ寄つて来た。枯れ/″\の草はびしよ/\してゐた、私達は急いでそこを出発したが、不運なことには雨は段々強降りになつて、しかも道は辛うじて先導の長尾氏の足迹を辿つて通れるくらゐの、茫々と果しのない薄《すすき》ヶ原のなかの、道といへば道だが、濡れた草を手と膝で掻きわけて行くので、二、三十町も行くと、靴もトラウザアもびしよ濡れになつてしまつた。草の根から水の湧きだしてゐる黒く粘土と岩石との
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