たのに、紹介されたりして、急に心強くなつた。それに霧ヶ峰の地質や生物についての科学的予備知識も与へられた。
翌日東餅屋あたりで、自動車をおりて坂を登りはじめた時、私は今年の不順な天候で夏以来悩んでゐた呼吸器に圧迫を感じ、これはちよつとこまつたと思つたが、やがて一ト休みして、宿で長尾氏に捲いてもらつた捲ゲートルを取はづしてからは、ずつと楽になつた。登りといつても格別嶮岨といふほどではなかつたし、長尾氏は私の足を見くびつて、普通二時間半のところをその倍の五時間といふ、ハンデイキヤップの附け方なので、勿論そんなにかゝりはしなかつたけれど、兎に角休み/\銀鼠のベイルに包まれた緑の山の姿を指呼のあひだに眺めつゝ、鷲ヶ峰の麓をもすぎて、やがて八島《やしま》ヶ池の畔へおりた頃、雨がぼち/\落ちて来て、間近の山の尾根に刷かれた灰色の水煙が、ふわ/\と低迷してゐた。池畔は薄《すすき》が密生してゐた。池といつても水は涸れ涸れで一面|絨毯《じうたん》を敷詰めたやうに、苔のやうな草で蔽はれてゐた。長尾氏が高層湿原地といつた意味も、八島ヶ池と鎌ヶ池との水溜りをもつたこの一帯の沼地を見て成程と頷ける。
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