れた。
「何だつてあんな大きな声を出すんだ。」
暫らくしてから、さく子が此方の家へ来て、茶の間の縁先きで、そこに干してあつた足袋の位置をかへてゐると、津島が座敷の縁へ出て詰《なじ》つた。
さく子はちよつと驚いたやうな顔を、こつちへ向けた。二人は昨日から口を利かないのであつた。
「何です。」
「あんな調子づいた声を出して、どんな湯殿を作るつもりなんだ。」
「別に大きな声なんか出しやしませんよ。」
「こゝまで筒ぬけに聞えるぢやないか。隣りぢや何《ど》んな普請をするかと思つたに違ひないんだ。」
「可いぢやありませんか。別に悪いことをするんぢやないんですもの。」さく子はさう言つて部屋へ入りかけて、
「あゝ煩《うる》さい。」と眉《まゆ》に小皺《こじわ》を寄せた。
津島とさく子が不快を感じ合つてゐたといふのも、今までも善くあつた彼女の弟のことからであつた。その弟が津島に対して金銭上で、ちよつと狡《ずる》いことをやつた。預けたものを質へ入れて、放下《ほつたらか》しておいたのが、津島の気を悪くした。その不正なことを、さく子も腹を立ててゐたけれど、其れ以外にも少し金銭上の取引きがあつてそんな事には
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