ま》には子供も洗つてやらなければならなかつた。鬢《びん》の毛などが白くなるにつれて、それが何となし惨《みじ》めくさく感ぜられた。何よりも湯殿の必要を、彼は先づ感じた。
「訳はありませんよ。」妻も同意した。
だから、今彼女が自分で頼んで来た大工に、この台所を何う云ふ工合に直せるかを相談してゐるのに、不思議はなかつた。そして少しばかり、その声の調子が高かつたからと言つて、さう気にするほどのこともなかつたが、ちやうど其の時、妻に対していくらか不機嫌になつてゐた折だつたので、そんなちよつとした手入れをするのに朝つぱらから、今一つの借家人や隣家へも筒ぬけに聞えるやうな調子で、何か話してゐるのが、いつもの彼女の安価な虚栄心でないにしても、職人などに対して、何かひどく気の利《き》いた風を示さうとでもするやうな浅果敢《あさはか》な悧巧《りかう》さだと思はれて、わざとらしい其の調子が何うにも堪《たま》らない気がしたのであつた。勿論それは津島のみが感じ得ることかも知れなかつたが、年を取つてから出て来た彼女の厭味の一つかも知れないのであつた。男は年を取るに従つて、洗練されて来る。しかし女はその反対だと思は
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