人も、全く抜差しのならない破滅《はめ》に引込まれた。
 津島が板塀の節穴などから、間取りの工合などを、時々覗いてみてゐた其の一方の家へ足を容れることのできたのは、二年の後であつた。わづか一夜で、他の弁護士が片着けてくれたのであつた。
 その家は荒れ放題に荒れてゐた。子供達が机でもすゑるやうになる迄には、可なり手がかゝつた。でも津島たちは、いくらか寛《くつろ》ぐことができた。
「一時こゝを湯殿にしようか。」津島は或る日、台所へ入つて見て、ふとそれを思ひついた。
 彼は現在物置になつてゐる湯殿が破損してから、幾年もの長いあひだ、銭湯へ通つてゐた。多分第三回目の妻の妊娠のとき、津島は彼女のために中古の好い風呂桶を見つけて来て、それを湯殿へすゑることになつたのであつたが、それから二三年たつてから、知人が特別に作らせて、その後家の都合で不要になつた巌乗《がんじよう》な角風呂が、持込まれることになつたのであつたが、湯殿が破損してから間もなく、その桶《をけ》にも隙《すき》ができてしまつた。
 彼は銭湯のなかで、色々の人と顔を合したり、挨拶を交したりするのが、年々|煩《わづら》はしくなつてゐた。偶《た
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