分の生命を追詰めて来てゐるのだと思はれて、好い気持はしないのであつた。しかし津島のやうな年になると、死に面してゐる肺病患者が、通例死の観念と反対の側に結構|脱《のが》れてゐられると同じやうに、比較的年の観念から離れがちな日が過せるのであつた。闇雲《やみくも》に先きを急ぐやうな若い時の焦躁《せうそう》が、古いバネのやうに弛《ゆる》んで、感じが稀薄になるからでもあるが、一つは生命の連続である子供達の生長を悦《よろこ》ぶ心と、哀れむ心が、自分の憂ひを容赦してくれてゐるのであつた。
 その朝津島は一人の来客と無駄話をしてゐた。そんな時に彼は、それが特別な興味を惹《ひ》くとか、親しみを感ずるとかいふ場合でない限り、気分が苛々《いら/\》して来るのであつた。いつもさう感じもしない時間の尊いことを、特別に思ひだしでもしたやうに、取返しのつかない損をしてゐるやうに感じて、苛々するのであつたが、しかし其の人が遠慮して帰りさうにすると、思ひ切りわるく引止めたくもなるのであつた。津島は其の時ふと、妙なことが気になつた。それは其の来客と何の係りもないことだが、それが気になり出すと、もう落着いて応答してゐられな
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