守をして、さゝやかな葉茶屋の店を支へながら、幾人もの子供達を育てて来て、その夫との最近の十年ばかりの同棲《どうせい》生活が、去年夫との死別によつて、終りを告げる迄の、人間苦の生活を、風にけし飛んだ雲のやうに思ひ浮べてゐた。最近一つの絆《きづな》となつてしまつた彼女の将来を何うしようかといふことが、その間も気にかゝつてゐたには違ひなかつた。
その日は閑散であつた。私は薄い筒袖《つゝそで》の単衣《ひとへ》もので、姉の死体の横はつてゐる仏間で、私のちよつと上の兄と、久しぶりで顔を合せたり、姉が懇意にしてゐた尼さんの若いお弟子さんや、光瑞師や、まだ大学にゐる現在の若い法主《ほつす》のことをよく知つてゐる、話の面白いお坊さんのお経を聴いたりしてゐるうちに、夕風がそよいで来た。弔問客《てうもんきやく》は引つきりなしにやつて来た。花や水菓子が、狭い部屋の縁側にいつぱいになつた。
私は足が痛くなつて来たが、空腹も感じてきた。しかしこゝでは信心が堅いので、晩飯には腥《なまぐさ》いものを、口にする訳《わけ》にいかなかつた。
「何とかしませう。」甥《をひ》は言つたけれど、当惑の色は隠せなかつた。
「今年
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