ないような指頭《ゆびさき》に、やっぱり針を放さなかった。
「もう年が年だから、弟もちっとは考えていますらい。」と、弟|贔屓《びいき》の母親は眠そうな顔をあげた。
「それに私も、この年になるまで子がないもんですからね。」
「まだないという年でもござんすまいがね。弟だって、四十には三年も間のあることだもんだから……。」
 お庄はやがてこの叔母の傍へ寝かされた。叔母は床についてからも、折々寝返りをうって、表を通る俥や人の足音に耳を引き立てているようであった。するうちお庄はふかふかした蒲団に暖められて快い眠りに沈んだ。

     三十一

 翌朝目がさめて見ると、叔父はまだ復《かえ》っていなかった。明け方近くに、ようやく寝入ったらしい叔母は、口と鼻の大きい、蒼白いその顔に、どこか苦悩の色を浮べて、優しい寝息をしながら、すやすやとねていた。頬骨《ほおぼね》が際立って高く見えた。お庄は何だか淋しい顔だと思って眺めていた。
 お庄は仮りて着て寝た叔母の単衣物《ひとえもの》をきちんと畳んで蒲団の傍におくと、そッと襖《ふすま》を開けて、暗い座敷から茶の間の方へ出た。台所では、母親がもう働いていた。七輪
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