気にかかった。
「それじゃ二、三日の中にきっと行くね。たびたびそんなことをすると、終《しま》いに誰もかまってくれなくなってしまうからね。」と、糺が念を押した語《ことば》も、お庄の頭脳《あたま》をいらいらさせた。お庄は客のいない部屋の壁のところに倚《よ》りかかって、腹立たしいような心持で、じっと考え込んでいた。築地へはこれきり行かないことにしようかとも思った。一生誰の目にもかからないようなところへ行ってしまいたようにも思った。暮に田舎へ流れて行ったお鳥のことなどが想い出された。
「もし工合がいいようだったら知らしてあげるから、ことによったらお前さんも来るといいわ。少しは前借《ぜんしゃく》も出来ようというんだからいいじゃないか。」
 立つ少し前に、奥山で逢った時、お鳥はこう言って、その土地のことを話して聞かせた。それは茨城《いばらき》の方で、以前関係のあった男が、そこで鰻屋《うなぎや》の板前をしていることも打ち明けた。
「お前さんなんざまだ幼《うぶ》だから、行けばきっと流行《はや》りますよ。」お鳥はこうも言った。
 お庄はおそろしいような心持で聴き流していたが、時々そうした暗い方へ向いて行
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