人の往来《ゆきき》も少く、両側の店も淋しかった。砂埃に吹き曝《さら》されている、薄暗い寄席の看板などが目についた。
お庄はまだ思い断《き》って、独りで築地へ行く気がしなかった。それよりは、浅草の方へ帰って行った方が、まだしも気楽なように思えた。そして時々立ち停って思案していた。
浅草へ帰ったのは、八時ごろであった。お庄は馬車を降りると、何とはなし仲居の方へ入って行ったが、しばらくそこらを彷徨《ぶらつ》いているうちに、四下《あたり》がだんだん更《ふ》けて来た。
お庄はその晩大道で、身の上判断などしてもらって、それからとぼとぼと家の方へ帰って行った。身の上判断は思っているほど悪い方でもなかった。
二十九
築地へ行くと言って出かけたきり行かなかったことが後で知れてから、お庄は糺に電話できびしく小言を喰った。電話のかかって来た時、客が立て込んでいて、お庄は落ち着いて先の話を聴くことも出来なかったが、衆《みんな》が意《おも》いのほか心配していることと、叔父や湯島のお婆さんの怒っていることだけは受け取れた。お庄は何だか軽佻《かるはずみ》なことをしたように思って、一日そのことが
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