くような気もしていた。
「お清さんお清さん。」と、廊下で自分を呼んでいる朋輩《ほうばい》の慵《だる》い声がした。(お庄はこの家ではお清と呼ばれている。)お庄は聞いて聞えない風をして黙っていた。するうちに手※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》で目を拭いて客の方へ出て行った。
それから二、三日して、お庄は菓子折などを持って、築地の方を尋ねた。奥の方では叔母の爪弾《つまび》きの音などが聞えて、静かな茶の間のランプの蔭に、母親が誰かの不断着を縫っていた。お庄がそっとその側へ寄って行くと、母親は締りのない口元に笑《え》みを見せて、娘の姿にじろじろ目をつけた。
「お前がここへ来ると言って、それきり来ないもんだで、どうしたろうかと言って、叔父さんも豪《えら》い心配していなすったに。」と言って、今夜は同役のところへ碁を打ちに行っていることを話した。正雄も二、三日前田舎から出て来た叔母の弟をつれて銀座の方を見に行って、いなかった。
お庄は、そこで二、三服ふかしてから奥の方へ叔母に挨拶に行った。寒がりの叔母は、炬燵《こたつ》のある四畳半に入り込んで、三味線を弄《いじ》りながら、低い声で
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