いた。
別れる時、お庄は片蔭へ寄って、巾着から銀貨をあらまし取り出して渡した。
「姉さんも早くあの家を出るようにしておくれ。」と、弟の言ったのを時々思い出しながら、お庄は裏通りをすごすごと帰って行った。
二十六
帰って行くと、内儀《かみ》さんが帳場の方に頑張《がんば》っていた。
内儀さんは上州辺の女で、田舎で芸妓《げいしゃ》をしていた折に、東京から出張っていた土木の請負師に連れ出されて、こっちへ来てから深川の方に囲われていた。ここの老爺《おやじ》と一緒になったのは、その男にうっちゃられてから、浅草辺をまごついていた折であった。前の内儀さんを逐《お》い出すまでには、この女もいくらかの金をかけて引っ張って来た老爺の手から、幾度となく逃げて行った。今茲《ことし》十三になる前妻の女の子は、お庄がここに来ることになってから、間もなく鳥越《とりごえ》にいる叔母の方へ預けられた。この継子《ままこ》を、内儀さんがその父親の前で打《ぶ》ったり毒突いたりしても、爺さんは見て見ない振りをしていた。
「それアひどいことをするのよ。」と、女中たちは蔭で顔を顰《しか》め合った。
「あんなにいび
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