出して来た。
見世物場はまだそれほど雑踏していなかった。帽子も冠《かぶ》らないで、ピンヘットを耳のところに挟んだような、目容《めつき》のこわらしい男や、黒足袋をはいて襷がけしたような女の往来《ゆきき》している中に、子供の手を引いた夫婦連れや、白い巾《きれ》を頚《くび》に巻いた女と一緒に歩いている、金縁眼鏡《きんぶちめがね》の男の姿などが、ちらほら目についた。二人はその間をぶらぶらと歩いていたが、弟はどこを見せても厭なような顔ばかりしていて、張合いがなかった。お庄は見世物小屋の木戸口へ行って、帯のなかから巾着《きんちゃく》を取り出しながら、弟を呼び込もうとしたが、弟はやはり寄って来なかった。
「何か食べる方がいいの。」お庄は橋の手摺りに倚《よ》りかかって、あっちを向いている弟の傍へ寄り添いながら訊いたが、弟はやはり厭がった。
「じゃ、何か欲しいものがあるならそうお言いなさい。姉さんお鳥目《あし》があるのよ。」
「ううん、お鳥目《あし》なんか使っちゃいけない。」弟はニヤニヤ笑った。
二人は橋を渡って木立ちの見える方へ入って行った。弟は姉と一緒に歩くのが厭なような風をして、先へずんずん歩
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