していて、菰被《こもかぶ》りの据わった帳場の方の次の狭い部屋には、懈《だる》そうに坐っている痩せた女の櫛巻《くしま》き姿が見えた。上に熊手《くまで》のかかった帳場に、でッぷりした肌脱ぎの老爺《おやじ》が、立てた膝を両手で抱えて、眠そうに倚《よ》りかかっていた。
 お鳥は女中を一人片蔭へ呼び出すと、暗いところで立ち話をしはじめた。そうしてから外に立っているお庄を呼び込んだ。
「じゃこの人よ。どうぞよろしくお願い申します。」お鳥は口軽にお鳥を紹介《ひきあわ》すと、やがて帰って行った。
 女中はお庄を櫛巻きの女の方へつれて行った。女は落ち窪んだヒステレー性の力のない目でお庄をじろじろ眺めたが、言うことはお庄はよく聴き取れなかった。
 帳場前の廊下へ出ると、そこから薄暗い硝子燈籠の点《とも》れた、だだッ広い庭が、お庄の目にも安ッぽく見られた。ちぐはぐのような小間《こま》のたくさんある家建《やだ》ちも、普請が粗雑《がさつ》であった。お庄はビールやサイダーの広告のかかった、取っ着きの広い座敷へ連れられて行くと、そこに商人風の客が一ト組、じわじわ煮立つ鶏鍋《とりなべ》を真中に置いて、酒を飲んでいるの
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