で見ていた。お庄も一緒になって、時々切なげな笑い方をした。

     二十四

 お庄の行った家は、お鳥の言うほど洒落《しゃれ》てもいなかった。
 お庄は家からかかった体裁に、お鳥から電話をかけてもらって、ある晩方日本橋の家を脱けて出た。その日は一日|気色《きしょく》の悪い日で、店から来た束髪の女ともあまり口を利かなかった。お庄には若い夫婦の傍にいつけて、理窟っぽくなっているこの女の幅を利《き》かすほど、煮物や汁加減《つゆかげん》が巧いとは思えなかった。学校出の御新造を笠に被《き》て、お上品ぶるのも厭であった。
 その晩は、白地が目に立つほど涼しかった。お庄は母親に頼んであるネルの縫直しがまだ出来ていなかったし、袷羽織《あわせばおり》の用意もなかったので、洗濯してあった、裄丈《ゆきたけ》の短い絣《かすり》の方を着て出かけて行った。
 馬車の中は、水のような風がすいすい吹き通った。お庄は軽く胸をそそられるようであった。
 お庄は賑やかな池《いけ》の畔《はた》から公園の裾《すそ》の方へ出ると、やがて家並みのごちゃごちゃした狭い通りへ入った。氷屋の簾《すだれ》、床屋の姿見、食物屋《たべもの
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