りになった。
 お庄は台所の隅の方で、また母親とこそこそ立ち話をしていた。
 九時ごろにお庄は、通りの角まで母親に送られて帰って行った。
「それじゃ世話する人にも済まないようだったら、今いる家へ知れないように目見えだけでもして見るだか。」
 母親は別れる時こうも言った。お庄は断わるのに造作はなかったが、それぎりにするのも飽き足らなかった。
 帰って行くと、奥はもうひっそりしていた。茶の間と若い人たちの寝る次の部屋との間の重い戸も締められて、心張り棒がさされてあった。お鳥は寝衣《ねまき》のまま起きて出て、そっと戸を開けてくれた。
「私あのことどうしようかしら。」
 お庄はお鳥の寝所《ねどこ》の傍にべッたり坐って、額を抑えながら深い溜息を吐《つ》いた。
 お鳥はだらしのない風をして、細い煙管《きせる》に煙草を詰めると、マッチの火を摺《す》りつけて、すぱすぱ喫《の》みはじめた。
「どうでもあんたの好きなようにすればいいじゃありませんか。あんまりお勧めしても悪いわ。」お鳥はお庄の顔をマジマジ見ていた。
「そこは真実《ほんとう》に堅い家なの。」
「それア堅い家でさね。だけど、どうせ客商売をしてる
前へ 次へ
全273ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング