子息《むすこ》の菊太郎《きくたろう》は、ニコニコしながら茶をいれて衆《みんな》に侑《すす》めた。
「大きくなったな。お庄さんは幾歳《いくつ》になるえね。」と、お庄の丸い顔を覗《のぞ》き込んだ。
 部屋には薄暗いランプが点《とも》されて、女主の後から三男の繁三《しげぞう》が黒い顔に目ばかりグリグリさせて、田舎から来た子供の方を眺《なが》めていた。
 やがて繁三につれられて、お庄は弟と一緒に近所の洗湯《せんとう》へやられた。

     三

 その晩お庄は迷子《まいご》になった。
「お庄ちゃんは女だから、そっちへお入り。」と、お庄はパッと明るい女湯の中へ送り込まれて、一人できょろきょろしていた。そこには見たこともない大きい姿見がつるつるしていた。お庄は日焼けのした丸い顔や、田舎田舎した紅入《べにい》り友染《ゆうぜん》の帯を胸高《むなだか》に締めた自分の姿を見て、ぼッとしていた。
 湯から上ってみると、男湯の方にはもう繁三も弟も見えなかった。お庄は一人で暗い外へ出ると、温かい湯の匂《にお》いのする溝際《どぶぎわ》について、ぐんぐん歩いて行ったが、どこへ行っても同じような家と町ばかりであっ
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