た。お庄はさっき車夫が上ったような暗い坂を上ったり下りたり、同じ下宿屋の前を二度も三度も往来《ゆきき》したりした。するうちに町がだんだん更《ふ》けて来て、今まで明るかった二階の板戸が、もう締まる家もあった。
菊太郎と繁三とが捜しに来たころには、お庄はもう歩き疲れて、軒燈の薄暗い、とある店屋の縁台の蔭にしゃがんで、目に涙をにじませながらぼんやりしていた。
「お前まあ今までどこにいただえ。」女主は帳場の奥から、帰って来たお庄に声かけた。
「東京には人浚《ひとさら》いというこわいものがおるで、気をつけないといけないぞえ。」
お庄はメソメソしながら、母親の側《そば》へ寄って行った。
ごちゃごちゃした部屋の隅《すみ》で、子供同士|頭顱《あたま》を並べて寝てからも、女主と母親と菊太郎とは、長火鉢の傍でいつまでも話し込んでいた。
「為《ため》さあは、何をして六人の子供を育てて行くつもりだかしらねえけれど、取り着くまでには、まあよっぽど骨だぞえ。」と女主は東京へ出てからの自分の骨折りなどを語って聞かせた。
「私らも、田舎でこそ押しも押されもしねえ家だけれど、東京へ出ちゃ女一人使うにも遠慮をしない
前へ
次へ
全273ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング