すで……。」
主婦は鼻で笑った。
「行けアまたいつ来るか解らないで、子供を持って行ってもらったらよからずに。」
「子供をどうか連れて行っておもらい申したいもんで……。」と、母親も強《きつ》いような調子で言った。
父親の出て行くあとから、お庄は弟を負《おぶ》せられて、ひたひたと尾《つ》いて行った。
十八
父親は時々|途《みち》に立ち停っては後を振り顧《かえ》った。聖堂前の古い医学校の黒門の脇にある長屋の出窓、坂の上に出張った床屋の店頭《みせさき》、そんなところをのろのろ歩いている父親の姿が、狭い通りを忙《せわ》しく往来《ゆきき》している人や車の隙《すき》から見られた。浜へ行くといって潔《いさぎよ》く飛び出した父親の頭脳《あたま》には何の成算もなかった。
父親が立ち停ると、お庄もまた立ち停るようにしては尾いて行った。するうちに、父親の影が見えなくなった。道の真中へ出てみても、端の方へ寄ってみても見えなかった。
「お前気が弱くて駄目だで、どうでもお父さんに押っ着けて来るだぞえ。」
お庄は、主婦《あるじ》が帽子や袖無しも持って来て、いいつけたことを憶い出しながら、坂を降
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