って行った。しまっておいた簾《すだれ》が、また井戸端で洗われるような時節で、裾《すそ》をまくっておいても、お尻の寒いようなことはなかった。お庄は薄暗くなった溝際《みぞぎわ》にしゃがんで、海酸漿《うみほおずき》を鳴らしていた。
そこへ田舎から上野へ着いたばかりの父親が、日和下駄をはいて、蝙蝠傘《こうもりがさ》に包みを持ってやって来た。
「庄そこにいたか。」
父親はしゃがれたような声をかけて行った。お庄は猫背の大きい父親の後姿を、ぼんやり見送っていた。
お庄が弟をつれて家へ入って行くと、父親はぽつねんと火鉢のところに坐って、莨を喫《ふか》していた。母親も傍に黙っていた。お庄は父親と顔を合わすのを避けるようにして、台所の方へ出て行った。
「女房子を人の家へ打《ぶ》っつけておいて、田舎で今まで何をしていなさっただえ。」と、主婦《あるじ》は傍へ寄って行くと、ニヤニヤ笑いながら言った。
父親はどこかきょときょとしたような調子で、低い声でいいわけをしていた。
「それならそれで、手紙の一本もよこせアいいに……。」と、主婦は父親に厭味を言うと、「ちっとあっちへ行って、台所の方でも見たらどうだえ。
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