《からか》うように言ったが、叔父は取り澄ました風をして莨を喫《ふか》しながら、ただ笑っていた。
 それから二、三日|経《た》ってから、ある晩方母親は正雄をつれて行ったが、一人で外へ出たことのないお庄も一緒に家を出た。
 そのころ引っ越した築地の家の様子は、お庄の目にも綺麗であった。三味線や月琴《げっきん》が茶の間の火鉢のところの壁にかかっている、そこから見える座敷の方には、暮に取りかえたばかりの畳が青々していた。その飾りつけも町屋風《まちやふう》で、新しい箪笥の上に、箱に入った人形や羽子板や鏡台が飾ってあり、その前に裁物板《たちものいた》や、敷紙などが置いてあった。
 田舎の町で、叔父が教師をしていた若い時分に、そこの商家から迎えたという妻は、堅気な風をして大柄の無愛想な女であった。
「私のところも、入る割りには交際は多いもんでね、せっかく正ちゃんをお引き受け申しても、お世話が出来ることやら出来ぬことやら、……。」と、叔母は茶箪笥のなかから、皮の干からびたような最中《もなか》に、気取った箸をつけて出してくれた。
「それに女のお児《こ》だと、また始末がようござんすがね、お庄ちゃんも浅草の
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