十五

 お庄は母親と、また湯島の下宿に寄食《かか》っていた。正雄は、横浜から来るとじきに築地の方にいる母方の叔父の家に引き取られるし、妹は田舎で開業した菊太郎の方へ連れられて行った。次の弟は横浜の薬種屋の方に残して来た。
「男の子一人だけは、どうにかものにしなくちゃア。」と、叔父は、姉婿が壊《くず》れた家を支えかねて、金を拵えにと言って、田舎へ逃げ出してから、下宿の方へ来てその姉に話した。
 その叔父は夙《はや》くから村を出て、田舎の町や東京で、長いあいだ書生生活を続けて来た。勤めていた石川島の方の会社で、いくらか信用ができて株などに手を出していたが、頚《くび》に白羽二重《しろはぶたえ》を捲きつけて、折り鞄を提げ、爪皮《つまかわ》のかかった日和下駄《ひよりげた》をはいて、たまには下宿へもやって来るのを、お庄もちょいちょい見かけた。肩つきのほっそりしたこの叔父と、頚《くび》の短い母親とが、お庄には同胞《きょうだい》のようにも思えなかった。
「小崎の迹取《あとと》りはお前だに、皆を引き取ればよい。この節は大分株で儲《もう》けるというじゃないか。」下宿の主婦《あるじ》は叔父を揶揄
前へ 次へ
全273ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング