よければ主人に気に入って、西洋《むこう》へでも連れて行かないものとも限らない。そして真面目に働きさえすれア、お金もうんと出来るし、見られないところを方々見てあるいて、おまけに学問まで仕込んでくれるんだからありがたいじゃないかね。」
叔母はそんな人の例を一つ二つ挙《あ》げた。帰朝してから横浜で女学校の教師に出世した女や、溜《た》めて来た金を持って田舎へ引っ込んで、いい養子を貰った女などがそれであった。母親はそういう気にもなれなかった。叔母が亭主と一緒に洋食を食ったり、洋酒を飲んだりするのすら、見ていて不思議のようであった。
「まア、もう少し大きくでもなりますれアまた……。」と、重い口を利《き》いた。
「義兄《にい》さんも思いきって、正ちゃんをくれるといいんだがね。」叔母は色白の、体つきのすンなりした正雄に目を注いだ。
母親はこの子は手放したくなかった。
「何なら定吉の方を貰っておもらい申したいっていうこンだで……。」と、母親は、赧《あか》らんだような顔をしながら、莨《たばこ》を吸い着けて義妹《いもうと》に渡した。
お庄は傍に坐って、二人の談《はなし》に注意ぶかい耳を傾けていた。
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