のものを始末していた。横浜へ来てから、さんざん着きってしまった子供の衣類や、古片《ふるぎれ》、我楽多《がらくた》のような物がまた一《ひ》ト梱《こおり》も二タ梱も殖えた。初めて東京へ来るとき、東京で流行《はや》らないような手縞の着物を残らず売り払って来てから、不断《ふだん》着せるものに不自由したことが、ひどく頭脳《あたま》に滲《し》み込んでいた。
「東京の方が思わしくなかったら、また出てお出でなさいよ。」
叔母は襤褸片《ぼろぎれ》や、風呂敷包みの取り散らかった部屋のなかに坐って、黒繻子の帯の間から、餞別に何やら紙に包んだものを取り出して、子供に渡したり、水引きをかけた有片《ありきれ》を、火鉢の傍に置いたりした。
「さんざお世話になって、またそんな物をお貰い申しちゃ済みましねえ。」
母親はそれを瞶《みつ》めていながら、押し返すようにした。
「お庄ちゃんか正ちゃんか、どっちか一人おいて行けばいいのにね。」と、叔母は子供たちの顔を眺めた。
「田舎において来たつもりで、お庄ちゃんを私に預けておおきなさい。ろくなお世話も出来やしないけれど、どこかいいところへ異人館へ小間使いにやっておけば、運が
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