方へお出でなさるんだとかでね……。」
「どうでござんすか。あすこも出て来たきり、庄《これ》が厭がるもんだで、一向|音沙汰《おとさた》なしで……。」と、母親は四つになった末の弟とお庄との間に坐って、口不調法に挨拶していた。
 母親は病身な正雄の小さい時分のことや、食事の細いこと、気の弱いことなどを、弟嫁に話しかけていたが、子供を持ったことのない叔母には、その気持の受け取れようがなかった。お庄は骨張ったようなその大きな顔を、時々じろじろと眺めていた。
 母親は四つになる末の子を負《おぶ》いかけては、取りつきかかる正雄の顔を見ていた。
 やがてお庄は足の遅い母親を急《せ》き立てるようにして、道を歩いていた。
 母親は下宿にいても、何も手に着かないことが多かった。父親が妻子をここへあずけて田舎へ立ってから、もう一ト月の余にもなった。
「それでも為さあは田舎で何をしているだか、また方々酒でも飲んであるいて、こっちのことは忘れているずら。書けねえ手じゃなし、お安さあもぼんやりしていないで、手紙を一本本家の方へ出して見たらどうだえ。」
 主婦《あるじ》はランプの蔭で、ほどきものをしながら齲歯《むしば
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