て、頭髪《あたま》を撫でたり、帯を気にしたりしながら、母親の働く手元を眺めていたが、やがて奥へ引っ込んで、店口へ出て見たり、茶の間のなかを歩いて見たりした。部屋には、東京で世帯を持った時、父親が小マメに買い集めた道具などがきちんと片着いて、父親が蒲団《ふとん》の端から大きい足を踏み出しながら、安火《あんか》に寝ていた。父親は何もすることなしに、毎日毎日こうしてだらけたような生活に浸っていた。皮膚に斑点《しみ》の出た大きい顔が、脹《むく》んでいるようにも思えた。
お庄は家が淋しくなると、賑やかな大通りの方へ出て行った。羽衣町《はごろもちょう》に薬屋を出している叔父の家へも遊びに行った。
叔母はその父親が、長いあいだある仏蘭西人《フランスじん》のコックをして貯えた財産で有福に暮していた。その外人のことを、お庄はよく叔母から聞かされたが、屋敷へ連れられて行ったこともあった。叔母は主人のいない時に、綺麗なその部屋部屋へ入れて見せた。食堂の棚から、銀の匙《さじ》や、金の食塩壺、見事なコーヒ茶碗なども出して見せた。錠を卸《おろ》してある寝室へ入って、深々した軟かい、二人寝の寝台の上へも臥《ね》
前へ
次へ
全273ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング