は、品物がいくらも並んでいなかった。低い軒に青い暖簾《のれん》がかかって、淋しい日影に曝《さら》された硝子《ガラス》のなかに、莫大小《メリヤス》のシャツや靴足袋《くつたび》、エップルのような類が、手薄く並べられてあった。
 飴屋《あめや》の太鼓の周《まわ》りに寄っている近所の鍛冶屋《かじや》や古着屋の子供のなかに哀れなような弟たちの姿をお庄は見出した。弟たちは、もうここらの色に昵《なじ》んで、目の色まで鈍いように思えた。
「正《まさ》ちゃん正ちゃん。」と、お庄が手招ぎすると、一番大きい方の正雄は、姉の顔をじっと見返ったきり、やはりそこに突っ立っていた。
 上って行くと、荒《さび》れたような家の空気が、お庄の胸にもしみじみ感ぜられた。母親は、この界隈《かいわい》の内儀《かみ》さんたちの着ているような袖無しなどを着込んで、裏で子供の着物を洗っていた。目の色が曇《うる》んで、顔も手もかさかさしているのが、目立って見えた。
 母親は傍へ寄って行くお庄の顔をしげしげと見た。頬や手足の丸々して来たのが、好ましいようであった。
「湯島じゃ皆な変りはないかえ。」
 お庄は台所の柱のところに凭《もた》れ
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