三の青年のように大人《おとな》ぶった様子で、火鉢の傍に坐ると、ぽかぽか莨を喫い出した。
「糺や、お庄が浅草の家を逃げて来たとえ。」と主婦《あるじ》は大声で言った。
糺は目元に笑って、黙っていた。
「また詫《わ》びを入れて帰って行くにしろ、このまま出てしまうにしろ、断わりなしに出て来るというのはよくないで、お前は葉書を一枚書いて出しておかっし。」
糺はうるさそうに口を歪《ゆが》めていた。
朝飯のとき、お庄も衆《みんな》と一緒に餉台《ちゃぶだい》の周《まわ》りに寄って行った。
「浅草へ行ってから、お庄もすっかり様子がよくなった。」糺は飯を盛るお庄の横顔を眺めながら笑った。
十二
ここの下宿は私立学校の医学生と法学生とで持ちきっていた。長いあいだ居着いているような人たちばかりで、菊太郎や糺とも親しかった。中には免状を取りはぐして、頭脳《あたま》も生活も荒《すさ》んでしまった三十近い男などが、天井の低い狭い部屋にごろごろして、毎日花を引いたり、碁を打ったりして暮した。夜はぞろぞろ寄席へ押しかけたり、近所の牛肉屋や蕎麦屋《そばや》で、火を落すまで酒を飲んだりした。北廓《なか
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